第13話 魔獣

 そこに並べ立てられる商品は、どれも風音にとっては面白くもなんともないオモチャだった。
 同じ顔を世界中の防犯カメラから不正に得た映像から九八.二パーセントの確率で抽出するソフトウェアに、薬物を彫刻のイミテートのように加工する技術。もはや研究所が掲げる「人工知能の開発」なんて関係ない。
 しかも、どれもビッグ4を組織する異能者たちの能力と同じか、それ以下の完成度。
 機械の人形を人間のように動かす技術には若干の興味を覚えたが、ビッグ4にはそんなものを使わなくても髪の毛一本で人形を式神に変えてしまう異能者が、風音が把握しているだけでも二、三人はいるはずなので、「大仰に披露するほどのもの?」とあくびが出そうになった。
 それよりも、風音にとっては開演の直前に地下に響いた物音の方が気になっていた。「心配は無用」とのアナウンスが流れ、品評会は何事もなかったかのように始まったが、風音の意識は――正確には、彼女の右目は――品評会の始まる前から屋外に向けられていた。
「どうです、風音? なにか動きはありましたか?」
 商品の入れ替えの間、会場にいる客たちが一瞬だけ小声で話し始めるのに紛れて、№1は風音の方に乗り出して訊ねた。
 風音は声の調子を落として答える。
「〈魔獣〉です。会場の入り口で暴れまわっています。あんなに派手に暴れているのに決定打は与えていない。あれはおそらく囮(デコイ)です。内部に仲間が侵入している可能性が高いです」
「やれやれ、アニルは〈魔獣〉の恐ろしさを知らないらしい…… まあ、それも当然ですか。彼のやっている悪行など子どものお遊びにすぎないのですから」
 風音が外で戦っている戦闘員のうちの一人の意識を覗き込みながら答えるのを聞いて、№1はわざとらしく頭を抱えた。そんな一動作も風音には優雅で余裕があるように見える。
 №1は音も立てず立ち上がった。
「№1、どちらへ?」
 風音も立ち上がりかけて、そっと制された。
「ここで待っていなさい。少しアニルと話をしてきます」
「護衛を……」
「問題ありません。すぐに戻りますから」
 にっこりと微笑まれると風音はなにも言えず、制されるままに座席に座り込む。
「それより、〈魔獣〉の動きに注意してください」
「……わかりました」
 №1は風音を置いて、ひとりでその場を立ち去る。
 風音は言いつけられた通り、〈魔獣〉の動きに注目する。
(……あんな無茶苦茶な動き、人間にできる範囲を超えているわ……)
 風音はこくりと唾を飲んだ。

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――卯・未・戌・子・酉・酉・亥・申・午・未――

 桜の頭の中に、次の攻撃がどの方向から来るかを示す単語が滝のように流れてくる。
 それに合わせて桜はステップを踏み、銃撃を躱したついでにときどきナイフを投擲し、強化したブーツで相手の頭を蹴り上げる。そのたびに「ぐわぁ……ッ」と叫ぶ声が聞こえ、若干の罪悪感を覚えるが、死にはしないだろうとすぐに次の攻撃に意識を向ける。
 異能者の戦闘員とそうではない戦闘員が入り混じっていることは戦い始めてすぐにわかった。しかし次の攻撃がわかっていれば相手の属性などたいした問題ではない。
 次に迫る、地下を延びて足元を攫おうとするワイヤーは異能者の能力。これも読めていたので脚先に力を込めて高さ二メートルほど跳躍し逃れる。着地した地点で至近距離一メートルから突き出される刺股状の武器を、身を後ろに仰け反って躱し、お返しに突き出されたそれを軸にして下から踵で顔面を蹴り上げる。この男も変な声をあげて仲間を巻き込みながら後ろ向きに倒れこんだ。桜の後ろから向かいくる炎も異能者によるもの。こちらは厄介なので異能者本体を探り当て後ろ向きに三本のナイフを投擲する。悲鳴とともに炎が掻き消えた。
 こんな作業をおよそ十分こなして、倒した敵は約五〇。人数はほとんど減っていない、むしろ騒ぎを聞きつけた仲間が駆けつけて増えたようにも思える。
 それでいい、彼女はあくまで引き付け役なのだから。

――午・未・戌・卯・未・亥・辰・巳・子・申――

「あー、『血湧き肉躍る』ってのとは違うけど、身体あったまってきたわー」
 白磁の頰にわずかに赤みが挿す。小さく整った桜色の唇を紅い舌が這って、唾で湿らせる。
 まだまだ余裕があることを感じ取った戦闘員たちが目を見開き、じりじりと後退する。
 一旦攻撃が中断し、ふうと息を吐くのと同時に、桜はジャケットの内側に仕込んだ〈それ〉が唸るのを感じ取る。
「まだダメよ、〈蠍姫(シーチェイ)〉ちゃん」
 そう言って桜は今にも敵の喉元に噛みつかんとする〈それ〉を制する。
「貴女の出番は聖が教えてくれるわ。それまで待ってて」
 第二波の攻撃が迫り来るのを感じ取り、桜は跳躍して空中で身体を捻らせ四方にナイフを投擲する。
 着地した桜に、今度は氷の槍が迫った。

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「アニル先生、少しよろしいですかな?」
 №1がステージ裏に現れると、アニルをはじめとする研究所員たちは皆驚いたような表情を見せたが、すぐにアニルが対応する。
「おお、№1。このようなところまでお出でにならずとも、申し付けられればお席まで参上致しましたのに」
「いえいえ、少しお節介を焼こうかと思いましてね」
 №1は微笑んで首を振る。
 アニルが不思議そうに繰り返す。
「はて、お節介とは?」
「先ほどの振動、〈ノアの箱舟〉の〈魔獣〉によるものと我々は確信を抱いております」
 アニルとタウフィックが顔を見合わせる。
 タウフィックが進み出て頭を下げる。
「失礼します、ミスター…… 〈魔獣〉をご存知なので?」
「おや、もしや〈雷帝〉タウフィックでは? アニル先生も敵の襲撃は予想済みだったということですね」
 タウフィックの問いに答えず、№1は微笑んだまま、自分より幾分高いところにある相手を見上げる。
 アニルが申し訳ないと言いたげな表情を作って答える。
「はい。しかしお客様方には絶対の安全を保証いたします。№1、貴方もどうかお気になさらず、品評会をお楽しみください」
「アニル先生、責任を感じていらっしゃるのはわかりましたが、やはり万全の体制で臨むべきでは? 今なら我々ビッグ4の戦闘員の力をお貸しすることもできますよ」
 №1はアニルに向き直った。
 アニルは「とんでもない」と首を振った。
「我々だけで対処いたします、お客様の手を煩わせるなど考えられません。そうですね、タウフィック先生?」
「もちろんです」
 タウフィックが力強く頷いた。
 №1はそれを見てくすりと笑う。
「そうですか? ならば私は余計な世話を焼かずに、席に戻るとしましょう」
「お席まで誰か同伴させます」
「お気遣いなく。気の利いた腹心が席から見守っているようですので」
 №1は立ち去る前に最終通告をする。
「本当に、よろしいのですね?」
 アニルはその真意を掴み取れぬまま、しかしいつも通りの胡散臭い笑顔で答えた。
「はい、どうかお気遣いなく」
「それでは、失礼します」
 №1は言いたいことは言い終わったという風に、くるりと背を向けてその場を後にした。
 研究所員たちは緊張が解けたのか、「どういう意味だ?」などと小声で話し始める。
「全員、持ち場へ戻りなさい」
 そんな所員らを、アニルがしっしと手を振って退散させる。
 アニルは控えていたタウフィックを見上げると、「信頼していますよ、タウフィック先生?」と念を押した。
 タウフィックは深く頷いた。

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 同時刻、あるプログラムが行政機関のネットワークに潜り込んでいた。
 それらは増殖し続けながら、主がGOサインを出すまで、情報の網目に根を伸ばし、根に引っかかったファイルを一つ一つ吟味していく。
『アノ情報ハ、ドコ?』
『ソッチノハ、関係アル』
『ミーナ、ドコニイル?』
『ミーナヲ、探セ』
『ミーナヲ、捕ラエロ』
『ミーナヲ、晒シ者ニ、シロ』
『ミーナ』
『ミーナ』
『ミーナ』
『ミーナ』
『ミーナ』

『ミーナ、マサカ気ヅイテイナイトデモ、思ッテイタノ?』

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 十兵衛は客席の後ろから二番目の席の端に座り、端末に映る桜の映像をじっと見ていた。
 理仁はその隣でステージの様子を見守る。
 ふと、理仁が十兵衛にそっと話しかける。
「……桜は、大丈夫そうか?」
「はい。まだまだ全然余裕みたいです」
 十兵衛が小声で返す。続けて「というか、」と呆れたように息を吐く。
「感知系の異能者なのに、どうしてこれだけ暴れられるのか不思議ですよ…… 身体は普通の人間のはずなのに、平気で助走なしに二メートル跳躍するとかありえないでしょ…… しかもあの人、戦闘時もヒールだし……」
「彼女の努力の賜物だ」
 理仁は十兵衛のつぶやきに対して力強く返す。
 十兵衛は「そういう意味じゃないんですけど……」と言いかけたが、どうせ話がかみ合わないだろうと思いやめた。
「とにかく、アネキは心配ありません。聖さんの方も順調だと、さきほどメールが届きました」
「それでは、オレ達はミーナの救出に専念しよう」
「はい」
 ステージ上のスクリーンには、続いて『人工知能搭載型ウィルス』の文字が躍った。

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