面倒くさい猫とまわりくどい小鳥のおはなし

第3話 新居探し

 

 テンコは、晴れの日にしばしば現れた。
 いいや、違う。わたしが晴れの日にしか屋根の上に登らないから、テンコと会うのも当然晴れの日に限られた。テンコは屋根の上に舞い降りると決まって「ユキ! こんにちは、また来ちゃった!」と悪びれもなく挨拶し、ぺちゃくちゃと一方的に話し始めた。わたしはたまに興味のある話題があると口を挟んで、そのときだけはちょっとした会話が生まれた。
 テンコはわたしが思っていたよりもずいぶん学があるようで、わたしは野鳥に対する評価を改めざるを得なかった。話の内容は多岐にわたる。それこそ、美味しい虫の見分け方、隣町の散髪屋の看板猫が気に食わないといった日常的な話から、ギリシャ財政危機に対するユーロ諸国の動向だとか、TPP協定により日本農業は衰退するのかといった議論を展開することもあった(なお、TPP問題は「日本の米農家が衰退すると、農家の防衛意識の高まりやスズメ側の農家に対する同情心から、秋に米を食べにくくなるから困る」というスズメにとっても深刻なテーマであるらしい。わたしは「心配いらないんじゃないか」と答えておいた。)。
 ただし、テンコはどういうわけか、わたしの両親の品種名だけは覚えられなかった。わたしの父はマンチカンだとか、ベンガルだとか、ロシアン・ブルーだとか、ノルウェージャン・フォレスト・キャットだとかに間違えられたし、母はエキゾチック・ショートヘアだとか、デボン・レックスだとか、ピーターボールドだとか、スフィンクスだとかと勘違いされた。「ノルウェージャン・フォレスト・キャット」なんて珍しい長い品種名が覚えられてどうして「スコティッシュ・フォールド」が覚えられないのかわからなかったし、出会った初日に長毛を自慢したのにどうして短毛種やよりによって無毛種と勘違いするのかも謎だった。やはりトリ頭なのだろうか。
 そんなふうにお喋りする日を繰り返して、季節はそろそろ夏を迎えようとしていた。


 今日も良い天気だ。わたしの隣で、テンコはうとうとと船を漕いでいる。わたしと共生関係にあるとはいえ不用心過ぎやしないか。スズメがネコの前で気持ちよさそうに眠るなんて。野生の危機管理能力はどこへ行った。
 屋根の下、この家の小さな庭では、この家の夫人がせっせと草むしりをしている。暑くなってきて、青々とした芝が伸びている。夫人はガーデニングが趣味だそうだ。いわく、無心になれるらしい。この家の、亭主関白を具現化したような主人に振り回されて、毎日ストレスが溜まっているのだろう。ひたすらに引き抜いた草はビニール袋いっぱいになっていた。
「奥さん、あんなにたくさんの草を集めて、何をしようとしているの?」
 わたしがぼんやりと夫人を眺めていると、テンコが目を覚まして、わたしに訊ねた。わたしは少し考えて答える。
「別に、目的なんかないさ。ただ、草をむしることが目的なんだよ」
「どういうこと?」
「ストレス解消さ。あのビニール袋いっぱいの草が、夫人の溜め込んでいるストレスの量を表しているんだよ」
「あの草はどうなるの?」
「さあ? 燃えるゴミの日にでも出すんじゃないか」
「いらないなら、あの草、あたしに譲ってはくれないかしら? 巣作りに使えそうだわ」
 草が捨てられると聞くと、テンコは「もったいない」と渋い顔をする。
 わたしは少しだけ興味を引かれてテンコに訊ねた。
「お前も営巣なんてするのか?」
「そりゃあするわよ。そろそろ卵を産む時期だもの」
「へえ、お前も繁殖するのか……」
「ユキ、あなた、あたしのこと真っ当なスズメだと思ってないでしょう」
「真っ当なスズメはネコの近くで寝たりしない」
「もう、ひどいわ。誤解よ。偏見よ。あんまりだわ!」
 テンコは大仰に嘆いて見せるが、わたしは無反応を貫いた。このスズメの遺伝子を引き継ぐ子どもが生まれたら、スズメ界はさぞや賑やかになることだろう。
 わたしは立ち上がった。だんだん日差しがつらくなってきた。毛が焼けてしまったら大変である。屋根が二段になって影ができているところに移動するのがいいかもしれない。そう判断して、わたしはなにも言わずに歩き出した。
「ユキ、もう家の中に帰るの?」
「移動するだけだ。暑くなってきた。影のあるところの方が休める」
 答えてやると、テンコも納得したようで、ぴょんぴょんと飛び跳ねてついてくる。一段下の屋根にできた丁度良い日陰を見つけて、わたしはそこにゴロンと横になった。そのそばに、テンコも腰を下ろす。
「たしかに、最近は日差しが強くなってきたわね。日陰の方が過ごしやすいわ」
「そうだろう。熱中症になどなっては敵わないからな。お前も水分補給に気をつけろよ」
 何気なく言うと、テンコは一瞬驚いたような顔をしてから、嬉しそうに「わかったわ」と頷いた。
「ところで、さっきの巣作りの話だが」
 わたしから話し始めるのは珍しかったからであろう、テンコは首を傾げて聞いている。
「この家の軒下にでも作ったらどうだ。日陰もあるし、裏には田んぼもあるし、わたしがいるから野良猫もあまり近づかないし、庭には子どもが飛ぶ練習をするのにもってこいの芝生もあるし。この家の人間も、子育てをしようとしているスズメを追い出すほど狭量じゃあない」
「……いいの?」
 テンコは意外にも緊張した様子で、確認した。
 なんだ、安全な場所を提供されたら、いつものようにぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶと思ったのに。わたしはなんだか肩透かしを食らった気分になった。
「別に、お前が嫌なら強制はしないし、他に候補があるならそこにすればいい」
「嫌なわけないわ! でも、子育てをするのだから、少しやかましくなるのは仕方がないと思うわよ? ユキのお昼寝の邪魔にならないかしら?」
「どんな種族でも子どもはうるさいものだ。そうでなければ食事もままならないんだからな。わたしだって赤ん坊の頃は、母にミルクをねだってしつこく鳴いていたよ。……だいたい、いつも一方的にぺちゃくちゃと口喋ってわたしの昼寝を妨害しているのはテンコの方だろう。今さらなにを遠慮しているのやら」
 そう言うと、テンコは恐る恐るといったふうに再度訊ねてきた。
「あたしだけでもうるさいのに、ユキは迷惑じゃないの?」
 わたしは「やかましくしている自覚があったのか」と、そちらの方に驚いた。
「別に。お前はやかましいが、一応の礼儀はわきまえているし。お前と議論をするのもなかなかに楽しい。それに、」
 お前の声は、割と気に入っている。
 そう言ってやると、テンコは今度こそ、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「嬉しい! 子育てで忙しくなったら、ユキともしばらく会えないと思っていたの。このお家にお世話になれば、いつでもユキと会えるわ。もちろん、子育て優先だけれど」
「当たり前だ、子どもを放って雑談しに来たりしたら追い返すからな」
「わかってるわ。ああ、でも、ユキから提案してもらえるなんて夢みたい!」
 テンコはチュンチュンと高い声で鳴いて、喜びを表現した。
 それからしみじみと呟く。
「それにしても、ユキが子育てに理解があるだなんて、なんだか意外だわ」
「この家の子どもたちを見ていればなんとなくわかるさ。子どもというのはやかましくて、ワガママで、気まぐれで、この家の夫人も大変そうだ。そういえば、わたしの母も、わたしや兄弟たちが言うことを聞かないわ、腹が減ったらすぐに鳴き出すわ、いつも揃ってナーナーとやかましいわで、手を焼いていたのを覚えているよ。一緒に居られる時間は短かったが、愛されていると感じたね」
「……意外だなんて言ってごめんなさい。そっか。だからユキも、他人に優しくできるのね」
 テンコはとても優しい目をしてわたしを見つめた。
 わたしは「当然のことだろう」と返した。
「あたしも、ユキのアメリカン・ショートヘアのお母さんみたいに、立派な母親になるわ!」
「わたしの母はチンチラ・ペルシャだ」
 だからどうして短毛種と勘違いするんだ。


 その日から、ユキは軒下にせっせと巣材を運んで、巣を作り始めた。
 わたしが部屋の中にいても、出窓の窓際に寄れば見えるような、そんな場所に。
 気づいたこの家の四人の姉弟たちが、感心して巣作りを見守った。

「器用なものだね」
「スズメの巣って、高級食材だったっけ?」
「それはツバメでしょ」
「わたし知ってるよ! スズメが巣をかける家は栄えるんでしょ!」
「それもツバメでしょ」
「すずめがとぶ、青いそーらーはー♪」
「……」
「……」
「……」
「……」
「あなた、そのネタは子どもたちには伝わらないわ」
 平成生まれの子どもたちを惑わせた主人の昭和歌謡ネタに、夫人の的確なツッコミが入った。

 高級食材でもなければ家が栄えるわけでもないけれど。
 どうか、もし神様がどこかにいるのなら、あの雀が生み育てるであろうその子どもたちが健やかに育ってくれますように、見守ってくださいと。
 わたしは柄にもなく、心からそう願った。

 

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