面倒くさい猫とまわりくどい小鳥のおはなし

第5話 「さようなら、しよっか」

 

 雪の降る日だった。
 庭先で、テンコが死んでいるのを見つけたのは。
 
「あーあ、死んじゃった」
 テンコの亡骸を見つめるわたしの隣で、実体を伴わないテンコが、他人事のようにそう言った。猫には霊的なものが見えるとよく聞くが、本当に見えて話もできるというのは初めて知った。そんなことは、今はどうでも良かったが。
 テンコの羽はボサボサで、何者かに襲われたことは明らかだった。
「みっともない姿ね。なんだか恥ずかしいわ」
 テンコは冗談めかして笑えないことを言う。
 わたしは低い声で問いただした。
「誰にやられた?」
 テンコは「知らない猫」とつまらなそうに答えた。
「まあ、仕方がないわよね。これも野生の掟だわ」
「群れの中では長生きした方よ。運が悪かったとしか言いようがないわ」
「おばあちゃん鳥になって家族に看取られながら大往生できるだなんて期待してなかったし」
「むしろ、ここまで飛んで来れて、こうしてユキに看取ってもらえるなんて、あたしは幸せ者なのかもしれないわね」
「ああ、でも、」

 ユキが寂しくなるんじゃないかって、それだけが心配。

 わたしは答えなかった。
 死生観が違うのだろう、テンコは自分のことはあっさりと諦めたくせに、こうしてわたしの心配ばかりして、わたしだけが突然の別れに子どもみたいに戸惑っているのは不公平だろうと、どこかでこの薄命の雀と温室育ちの家猫を巡り会わせて、なんだかんだお喋りくらいはするようになったのに、ある日突然雀を奪い去って、残された猫が悲嘆に暮れているのを見物しているのかもしれない悪趣味な神様がもしいるのなら、恨みつらみをぶちまけて、どういうつもりなのかと問い詰めて、テンコを返せと、要求してやりたいところだと思った。だって、テンコになにかしてやろうにも、わたしにはもう、彼女に触れることすらできないのだから。
「自意識過剰な奴だな。わたしはお前がいなくなったって寂しくない」
「うるさいのがいなくなって清々するくらいだろうよ」
「ようやくのんびり昼寝ができる」
「だから、もう、」

 お前なんか、さっさと逝っちまえ。

 ああ、素直に「逝くな」と言えればと、まるで反対のことしか言えない自分が嫌で嫌で仕方がなかった。
 テンコはわたしの心中を知ってか知らずか、安心したように頷いた。
「寂しくないなら、よかったわ。それじゃ、さようなら、しよっか」
 テンコは、わたしの気に入っている、いつもの可愛らしい声で、言った。
「さようなら、ユキ」
 すうっと、隣から気配が消える。
 またね、って、言えよ、いつもみたいに。
 一人で笑ってあっけなく逝くだなんて、お前は最初に出会った時から最期まで本当に自分勝手な奴だ。わたしだって、後に残される寂しさくらい感じるんだ。それをなんだ、強がりを真に受けて、一人で納得して、お前には自分に都合のいいことしか聞こえないのか、そういや聞こえないんだったな、そういう奴だった。
 わたしはテンコの亡骸を雪で隠してから、そっとその場を離れた。自分の最期をみっともないと自嘲していた彼女は、亡骸をまじまじと見られるのは本意ではないだろうと思ったから。


「ユキ、また外行ってたの?」
 寒かっただろうと、部屋の主である長男は、部屋に入ってきたわたしをストーブのそばに呼び寄せる。
 長男に抱かれながら、わたしはぼんやりと窓の外を見ていた。
 長男がわたしの視線に気づいて、「雪、やまないなあ」とのんびりと言う。
「去年、お前が初めて家に来たのも、こんな雪の日だったよな」
 そう、雪の日に迎え入れられた白い猫だから、ユキ。
「雪は好きだな。なんでも優しく包み込んでくれるような気がする」
 テンコの亡骸を冷たく包んだ、白い羽毛のようなそれを思い出させる自分の名前が、今だけはなんだか忌々しい。
「一面真っ白になって、綺麗だよな」
 庭が厚い雪で覆われたら、そこにテンコがいたことすら否定される気がした。
「俺な、雪が積もると、そこに足跡をつけるのが好きなんだ。チビみたいだけど」
 ……。
「でも、雪の日の屋根は滑りやすいだろうし、落っこちたら大変だから、あんまり出るなよ。まあ、みんな窓閉めてるだろうから、大丈夫だろうけど」
 わたしは長男の着ているニットに顔を埋めた。今は眠ってしまいたかった。
「おやすみ、ユキ」
 長男が優しく毛を撫でる。寝付けないだろうと思っていたが、案外、その手が暖かくて気持ちよくて、わたしはいつの間にか眠っていた。
 雪はわたしが眠っている間も、しんしんと降り続けたそうだ。

 

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