カップ焼きそばの作り方

Twitterのタグ遊び「#物書きのみんな自分の文体でカップ焼きそばの作り方書こうよ」で登校した作品。



 深夜。
 わたしは台所から響くビニール袋を擦るような音で夢の世界から引き摺り出された。わたしの至福の時間を邪魔する不届き者は誰かと、その音源に近づく。こちらに背を向けて、スーパーマーケットのロゴマークが印刷されている袋をあさっていたのは、この家の長男だった。彼は目当ての物を取り出して、台所を出ようと振り返ったとき、ようやくわたしの存在に気付いた。
「……」
 しー。
 彼は人差し指を口元に立てる。人間たちの使う『静粛に』のポーズである。ふむ、彼は家族の寝静まった時刻に自室から出てきたとはいえ、不審者ではない。この家の夫人が見たら、ひょっとすると『早く寝なさい』と咎めるのかもしれないが、わたしの方にはそんな説教を垂れる理由はない。
 だから、わたしは長男の願いを聞き入れることにした。リビングダイニングの椅子の一つにぴょんと飛び乗って、興味深く彼の動きを観察することにする。
 長男はその手に持った四角い箱を包むビニールをびりびりとむしり取る。一番面積の大きい一面の端を持ち上げれば、その面はぺりと音を立てて半分ほどまで剥がれた。箱からふたつ、みっつの小袋を取り出して、そのうちのひとつを箱の中に開けた。続いて、常時熱湯を蓄えてポットという家電の前に進んで、箱の中に湯を注ぐ。中途半端に剥がした蓋を元の位置に戻して、蓋が捲り上がらないよう割り箸を重石代わりに載せた。
 長男はそれからしばらく手持ち無沙汰だったらしくわたしの顎の下をわしゃわしゃと撫でた。わたしを暇潰しに使うなんてどこまで身勝手な人間なのだろう。撫で方が下手だったら噛みついているところだ。なかなか気持ちよかったからその技術に免じて許してやったが。
 二、三分して、長男はわたしの前から四角い箱の方へと戻ってゆく。なにをするのかと眺めていると、今度は箱の別の角からぺりりと面を捲る。箱を傾けると、そこから茶色い液体が湯気を立てて流れて行った。
「あ…… ミスった……」
 長男の呆然とした表情を、わたしは不思議に思いながら見ていた。彼はしばし思案したのち、今度は冷蔵庫という食品貯蔵庫のドアを開け、橙色のキャップを付けた、瓢箪のような容器を取り出し、箱の中にその茶色いドロドロした液体を絞り出した。割り箸で箱の中身をよく混ぜたあと、緑色の粉と白いクリームのようなものをトッピングして、長男はテーブルに着いた。
 箸で持ち上げたのは、緑色の海苔とマヨネーズというソースが絡んだ、こってりと輝く茶色い麺。完成品を見ればわたしにも、その料理の名はわかった。いわゆるソース焼きそばという、人間の食べ物である。おおかた、夕餉だけでは物足りず、婦人たちの寝静まったこの刻限に起き出したのであろう。
「やっぱソースうっすいし……しかもベチョベチョ……ミスった……」
 長男はそんなことを呟いた。ひょっとして、ソースというのは箱の湯を捨てる際に流れて行った茶色のことであろうか。本来あの粉は、最後に入れるべき材料だったのかもしれない。ミスに気付いて、最後に冷蔵庫のソースで味の調整をしたのだろう。
 ボヤきながらもソース焼きそばを完食して、長男は両手を合わせてごちそうさまのポーズをとった。夫人が常々、食べ物への感謝を忘れないよう指導していた賜物である。
 焼きそばの箱を適当に捨てて、長男は自室に戻る。まだ子どもが起き出すには早すぎる時刻だ。
「おやすみ、ユキ。このことは秘密な?」
 わたしはしっぽをゆるく持ち上げてそれに応じた。密告などするつもりはない。腹が減っていたのなら致し方あるまい。成長期の男子なのだからなおさらである。
 わたしも自分のベッドへ戻ることにした。自分の体温で温まっていた毛布は既に冷えてしまっている。そこにもう一度体を丸めて埋まった。そのうちまた温まるだろう。
 仄かに甘いソースの残り香がした。

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