わたしの学校は箱の中

Twitterに投稿した近未来SFのような短編。


 

「起きなさい、学校よ」
 お母さんはそう言って、わたしから布団を剥ぎ取った。嗚呼さらば、愛しのお布団。時計は8時15分を指していた。
「うげっ!」
 女の子らしからぬカエルが潰れたみたいな奇声を上げてしまった。お母さんは呆れた顔で布団を片付けている。もっと早く起こしてよ,は禁句。
 お母さんが見てるけど時間が迫っているのだ。背に腹は変えられない、パジャマを脱ぎ散らかして適当なTシャツとジャージだけ纏うとデスクの前に着席する。
 端末の電源を入れると、画面の中でメーカーのロゴが現れて回転する。その8秒すら焦れったくて、なんの罪もないロゴマークを睨めつけた。
 端末が起動する前に手早く布団を片付けたお母さんは、脱ぎ散らかしたパジャマを掻き集めて部屋を出て行って、代わりに持ってきた市販のシリアルバーをデスクの上に置いてくれた。これはありがたく頂戴し、新しいウィンドウが開く前に口に突っ込んだ。特価品のシリアルバーはなるほど特価品らしい味だ。
 新しく開いたウィンドウは名前とID、出席番号の確認を求めてくるのであまり確認しないまま”YES”を押す。登校完了。時刻は8時23分。ベッドから学校まで8分か。前は10分かかったから、また朝の準備時間記録を大幅に更新してしまった。
『うわぁ!ソフィ、だっせぇジャージ!』
 ウィンドウの隅っこの席のエディがジャージ姿のわたしを馬鹿にしつつ出迎えた。なにか言い返すべきなのだろうがシリアルが口に詰まっているからなにも言えない。
『ソフィさんが見えたので本日も全員出席ですね』
 シリアルをどうにか飲み込んだのと同時に、先生がウィンドウ真ん中の教壇に立った。
 窓の外は真っ暗。大昔の科学者たちが天気を人工的に操ろうとして失敗した負の遺産は、止むことのない黒い雨。もくもくと膨らむ黒い雲は壊れてしまった雨雲の製造機が作り続けているらしい。黒い雨には有毒な化学物質が溶け込んでいるから、人類は一生、外に出られない。だからわたしの学校は端末の中。
『一時間目は国語です。テキストの36ページを開いて待っていてください』
 ワトソン先生は今日の予定を簡潔にお話してから、一旦ログアウトした。束の間の休憩時間にお友だちとチャットを開いてお喋りする。
 そういえば雲が生まれる前の学校は、生徒が一つの建物に集まっていたらしい。
 それは人前のいるところでお喋りするということで、では女の子同士の秘密のお話なんてできなかったんじゃないかと、昔の人たちをちょっとだけかわいそうに思った。
 ワトソン先生の声でチャットはお開き。おしゃべりの記録は残らないから、さっき大笑いされたわたしの秘密が漏れることもなく安心だ。
 わたしが外に出ることは一生ない。黒い雨を止められなかった補償として世界政府から食品も生活用品も支給される。
 それでもわたしたちは学校へ行き、勉強する。もう外では育たない植物の育ち方も、バレーボールのルールも学んだ。
 それを無意味だと言う人もいるけど、無意味でもいいじゃないか。
 独立宣言までの道のりも、有名な作家の小難しい表現を読み解くのも、戦争中でも開催された世界規模の運動会も、目には見えない化学物質の構成も。大昔の科学者たちの失敗も、黒い雨をどうにもできなかった歴史すら、学ぶのは楽しい。だから学校は姿を変えて続いてるんだ。
 さて。国語の授業が始まった。国語は好きだ。文法も好きだけど、どちらかと言うと現代文の方が楽しい。いつもなら、ね。
『ではメアリ。第二パラグラフから読んで?』
『はい。「女の子はおかしな格好をしていました。なんと、靴下が左右違っていたのです」』
 挿絵の女の子を見て、誰か笑った。
 確かに、堂々と左右柄の違う靴下を堂々と履いてる女の子は可笑しかったけど、今日のわたしに彼女を笑う資格はないの。
 みんな画面からは見えないだろうけど。わたしもジャージの下、裏返して着てたのに気づいちゃったから。
『「大昔の学校ならとんだ笑いものね!」』
 まったく、その通りだわ。

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