虹と雨小僧

「個らぼ」さん主催・月別テーマ企画(6月「雨」)への参加作品。


 

 其の屋敷の庭から覗く紫陽花は、実に鮮やかなことで有名であった。
 鮮やかと云えば聴こえは良いが、実際は不自然な極彩色。紅、紫、その隣に橙、緑、黄、桃。何時の頃からか斯様に奇妙奇天烈な花が咲くようになったかは誰も知らぬ。その屋敷には老女中とまだ年若い夫婦が暮らしているはずであった。ところが、夫婦は決して屋敷の外に姿を見せることがなかった。老いた女中も外売の青年に必要最低限の要件を伝えるのみで、主人については終ぞ語らなかった。
 いっそ悪趣味と云って良いであろう、庭から溢れんばかりの紫陽花は、病に伏した伴侶を慰めようとする気の触れた家主の悪戯だとか、色盲の老女が要らぬ気を利かせて顔料をぶちまけたのだとか、心ない噂を立てるものもあった。
 さて、噂を聞き付けた雨小僧は、其の様な不自然は自分こそが洗い流さねばならぬと、或る夜、屋敷の上までやってきた。眼下に広がるは紅、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫…… 鮮やかに咲き誇る紫陽花は雨粒に月灯りを受け輝いていた。此れは如何なることか、雨小僧が紫陽花に近づくと、その可憐な花の下に隠れようとする影があった。
 やれ、何奴か。雨小僧が問うと、花の陰から現れたのは、なんと虹の子どもであった。
 紅色の紫陽花から飛び出した虹の子は、雨小僧の前に立つと、首を竦めて弁解した。乃ち、彼等兄弟姉妹は空に浮かび虹となるには未熟な子ども故、斯うして地に咲く紫陽花に身を潜め、空を染める練習をしていたのだ、と。
 雨小僧はふぅむと唸った。雨小僧がこれらの紫陽花の色を洗い流す理由はなくなったが、此の儘虹の子らを残してゆくのは良心が痛む。そこで思いついたのは、雨小僧がこの子等を抱えて、空に昇ろうというものであった。
 お空は怖くないのか、怯える子も在ったが、恐れることはない、此れほど鮮やかに月の灯りを映すのだ、陽の光の下では更に見事な虹を作るであろうと、雨小僧は請け負った。
 ならばと納得した虹の兄弟姉妹は、花の陰に隠れる程の小ささであったので、雨小僧の肩にちょこんと並び、朝日の昇る前に揃って空へと旅立った。

 翌朝、たいそう大きな虹が空に掛かった。
 夫人は屋敷の窓から其れを見上げて、ほぅと息を吐き、丁度、仕事から戻った家主に示して見せた。昨晩、夜空に昇っていた月の主人は、苦笑いを浮かべて其れを見上げた。
「あの子等は空へ旅立ってしまったか。我が家の庭は寂しく成ってしまったが、此れ程立派な虹に成ったのなら文句は言うまい。雨小僧の勝手も、あの子等の働きに免じて赦すとしよう」
 星の女中は其の遣り取りを微笑ましげに見つめていた。

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