大人にならない彼と過ごした、最後の、夏の日の話。

twitterでの「創作夏祭り企画」(主催:散鞠ざくろさま)参加作品。
お題は「ラムネ」でした。


  

  

「ねぇ、ラムネ飲みたい」
 境内へ続く石畳の脇で、その子は立ち止まった。
 屋台を切り盛りしているのは近所の少年野球団の子どもたち。久しぶりのおねだりも小銭を数える子どもたちも微笑ましかったから、普段なら買わないだろう、ビー玉を詰めた瓶を二本、少年に注文していた。
 瓶のガラス玉を、少年は慣れない手つきで押し開けようとする。保護者たちの「開けられる?」の声に、「開いたよ!」という元気な応え。よく冷えた二本の瓶は二百円と引替えに、僕の手に押し付けられた。
 のんびり歩きながら飲もうとしたとき、隣を歩いていた連れは「あれ?」と首を傾げた。
「どうした?」
「これ、飲んでみて」
 言われるがまま口をつけると、冷たい水が飛び込んできたので、吹き出しそうになった。
「……水だな」
「やっぱり? 僕の味覚がおかしくなったのかと思った」
 おおかた、栓が開いてしまった瓶が混じっていたのだろうと、氷水を湛えた大きなバケツを思い返した。子どもたちも、慣れない仕事で気づかなかったのかも知れない。
 誰も悪くないのだし、引き返して事情を説明するのも面倒だ。連れはあっさりしたもので「まあいいや」と構わず参道を行く。
「交換する? 飲みたがってたじゃん」
「いいよ。……いや、やっぱり半分ちょうだい」
 なんだ、飲みたかったんじゃないか。素直じゃないのは昔からのこと。瓶を交互に傾けながら、喧騒から離れ寺の裏側へ。
 火が灯った石灯籠が並ぶ石造りの階段。階段の先になにがあるのかは知らないし、周囲を囲むように鬱蒼と茂った木々が月明かりさえ遮って、見ることも叶わない。その階段の一番下に腰掛けて、最後の一口をどちらが飲むかで少し揉めてから、結局こちらが押し付けた。
「ごめん、ありがとう」
「いいよ」
 はにかむ彼に逢えるのはまた来年だから、少しくらい大人になったところを見て欲しくて。
「婆ちゃんにいい土産話ができたよ」
 水の入ったラムネ瓶が火のゆらめきを映している。
 さて、僕らの夏もそろそろ終わりか。
「じゃ、またね」
 連れは立ち上がると、階段を軽い足取りで登っていく。彼の歩みに合わせ、石灯籠から灯りが消えていった。最後の一段を踏みしめたとき、最後の火も消え、辺りは暗闇と静寂に包まれる。
 空になった瓶と水の入った瓶、二本を携え、僕は参道を一人で引き返した。

 

 大人にならない彼と過ごした、最後の、夏の日の話。

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