シェフの気まぐれレシピ ~最高の食材を、最愛のあなたに~

 お嬢様のワガママは、いつだって唐突だ。

  

「お雑煮を食べたいわ」

  

 元旦。

 ビッグ4首領の養女・高遠風音のつぶやきで、幹部たちの仕事始めは決定した。

  

 李は顎に手を当てて頷いた。

「お雑煮ですか、よいですね。身体が温まるし、栄養も摂れる。実にシステマティックな料理です」

 李と風音がその気であるなら、彼らの子分気質が骨の髄まで染みついたNo.4には反対する理由などない。今日の彼はひょろりと背高の青年の姿で、いつも通りの胡散臭い笑顔を振りまき言った。

「それじゃあ、とっておきの食材で作らなきゃね。調達はボクらに任せてよ」

「“ボクら”とは誰のことだ。私は行かんぞ、この寒い中出掛けるだなんて気が触れているとしか思えん!」

 No.3ことアルベルティ―ナ・クラインミヒェルが叫ぶ。

 数十年に一度の寒波だとかで、本拠地のある中国も昨晩から絶え間なく吹雪いており、窓の向こうはずっと真っ白だ。

 ベルとNo.4がにらみ合うのを、プロジェクターの向こうからリモート参加していた最年長の幹部、No.2こと加納由紀路が止める。

「新年早々くだらない喧嘩はやめないか。外に出たくないなら、ベル、君に調理を依頼するというのはどうだろう」

「ああ、それであれば引き受けよう。クニヒコも驚くような革新的雑煮を作ってやろうではないか」

「そこまでやる気出されるとかえって心配なんだけど」

 No.4は苦々しく吐き捨てるのを、加納は笑った。

「ベルであれば我々の集めた食材を最大限に生かした雑煮を作ってくれる。私の“先見の明”がそう告げているんだ」

「おっさんの異能がそう言うなら信じようかな」

 ――No.2の異能は“先見の明”。未来予知よりももっと感覚的であるため他人には伝えづらいが、その性能は彼が築いた地位と資産により裏付けされている。なにより、路地裏で燻っていた幼き日の李を見出し世界的な組織の首領へと導いたのも、家族に見放された風音の存在に気づいたのも、加納である。組織においては一幹部扱いだが、その実質は父でありご意見番。ただ、自分が育てた李の躍進だけが人生の楽しみで、本人にはこれといった野望がないため「二番目」に落ち着いている。

「じゃ、おっさんは醤油の原料になる大豆をお願い!」

「待て、大豆から作るのか? 何年かける気だ?」

「安心しろ、私の技術にかかれば数時間で熟成できる」

「懐刀は世界一の天然水を」

「オレも出るのか」

「野菜はあるから、あとは最高のこんにゃくを作らなきゃね。それはボクに任せて! 風音ちゃん、おなかを空かせて待っててよ? それじゃ、これで解散!」

 年初めの会合は、雑煮作りの役割分担を決めたところでお開きとなった。

  

   ***

  

 水。

 それは生命の源であり、なくてはならない物質。

 不老不死と化した自身の体は、水すら必要としないけれど。

「……! なんでオレが……!」

 世界一の天然水を汲んでくるよう指示されたユーリは心の底から舌打ちした。

 アルプスは夏よりも冬がレジャーシーズン。スキーヤーやハイカーがアクティビティを楽しむ中、ただ空き瓶ひとつ片手にこの地へ降り立ったユーリは必然、浮いていた。

 世界屈指の環境保護国であるスイスの飲料水源は、地下水と湧水、それに川や湖などの表流水。その中でも最も厳しい管理下にあるアルプス山麓の湧水こそ、ユーリが考えうるなかで「最高の天然水」であった。どんな任務であっても文句を垂れながら真面目に取り組むのが、このユーリ・クズネツォフという男の美点である。

 ただし、真面目に取り組めば何事もうまく進むかといえば、そういうわけでもない。

 近隣の町中の水道水でもそれなりの品質だが、一口飲んで満足できず山中へ。

 しかし大きな採水地はどこも国や企業によって厳重に管理されていて、立ち入る隙が見当たらない。

 そのため、どこかで水を汲めないかと探すうちに。

「どこだよ、ここは――!」

  

 遭難した。

  

   ***

  

 醤油。

 中国から伝わった味噌の製造過程で、桶の底にたまった液体がそのルーツであるらしい。

 日本の料理に欠かせない調味料は、蒸した大豆と炒った小麦に種麹を加えて、食塩水と仕込んで長期間寝かせることで造られる。麹菌や乳酸菌などの働きで分解・発行が進み、熟成されて醤油特有のコクや味、香りが生まれるのだ。

 だから、アルベルティ―ナが試験管で数時間のうちに作るという醤油がどれほどのものになるか、加納は楽しみでもあり不安でもあった。彼女をシェフに抜擢した己の異能を、ちょっと怪しく思ったのはこれが初めてかもしれない。

 しかし、李と風音も楽しみにしているようであったし、水を差すのはためらわれた。

 失敗しても、それはそれで笑い話にしてしまえばいい。

 そう思いなおし、加納は自ら老舗デパートへ出向いていた。

 食品は地下一・二階らしいという大雑把な記憶でエレベーターに乗り込む。

 独り身の加納は知らなかった。

 年初め。デパートの食品売り場は、普段は手を出せないような食材が入った福袋を求め、鬼気迫った主婦たちでごった返すことを。

 エレベーターを降りた先は、押し合いへし合いの戦場。

 自分の行くべき場所もわかっていない男は当然、

「……おや?」

  

 迷子になった。

  

   ***

  

 こんにゃく。

 原材料である蒟蒻芋のグルコマンナンが固まる性質を利用した加工食品で、ぷにぷにとした独特の触感を有する。低カロリーで食物繊維が豊富なことから、近年ではダイエット食品としても人気がある。

 日本の蒟蒻芋の九割以上が、群馬県で生産されている。もちろん風音の舌に合うのは故郷の原料を使ったこんにゃくであろう。しかし、日本は夏にNo.4たちが起こした誘拐事件の余波で警戒が続いており、入国には危険を伴う。No.4とて、こんにゃくのために組織を危険にさらすほど愚かではない。結局、蒟蒻芋の原産地であるという東南アジアに目を向けた。

 ユーリと加納に指示を出した手前、No.4が食材に妥協するわけにはいかない。

 この地で最高のこんにゃくを作り持ち帰る――!

 そんな固い決意が彼にはあった。

 蒟蒻芋をゆでてすりおろし、たっぷりの水を含ませ糊状にしたものに灰汁を加える。

 ここまではレシピ通り、順調に進んでいた。

 ――しかしながら、無知とは非情なものであり。

「あれー? 変だなぁ……」

 日本で栽培されているものと異なり、東南アジアで栽培されている蒟蒻芋はグルコマンナンを含まないため、いくら待っても固まらない。

 ぐるぐると混ぜてみたり、火を強めてみたり、ちょっと冷ましてみたり、じっと待ってみたりしたNo.4は、やがて。

「……」

  

 力尽きた。

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